便所の汲み取り申込受付日は、清掃業者の都合により曜日指定で週に2回と決められていました。
いつもギリギリまで溜まってから汲み取り依頼をするのが常となっていた我が家で、ある時うっかり申込の電話をするのを忘れてしまったことが一度ありました。 その結果汲み取りが翌週にずれ込んだので、用を足すたびに冷や冷やすることになってしまいましたっけ。 で、待望のバキュームカーが到着し、いつものお兄さんが汲み取ろうとフタを開けたその時でした。 「ウォーッ!」 という驚きの叫び声が、悪臭が入ってこないように全ての窓を閉め切っている室内でも聞こえるくらいの大きさで響き渡りました。 排泄物を見られるだけでも恥ずかしいことなのに、さらに恥の上塗りをしてしまったのでした。 以後、汲み取りは早めに、と心がけるようになりました。 また、ややSFホラーを連想させられた恐ろしいこともありました。 ある年に台風が直撃したため数時間停電しました。 停電したのがそんなに長い時間ではなかったので生活に支障もなく、その停電のことなどすでに忘れていた頃のことでした。 朝目が覚めて便所に向かうと、便所の前の廊下の上で何か小さなものが蠢いているではありませんか。 そばに寄ってよく見ると、、、 蛆(ウジ)だっ。 私がかつて見たことのある蛆よりかなり大きく、長さ2cm以上、最大太さ5mm以上という不気味な奴でした。 気持ち悪さを我慢しつつすぐにつぶし殺しました。 恐る恐る便器の上から下をのぞいて見たところ、クネクネした動きが数ヶ所ありました。 それまでに一度も蛆がわいたことはなかったので、なぜわいたのか即座には分かりませんでした。 しばし考えた後、あの時の停電だ、と思い当たりました。 停電で換気扇が止まったために蝿に臭いを感知されてしまったのです。 退治するには薬が一番なんでしょうが、我が家では殺虫剤を常備していないし、以前に班長さんから配られた消毒薬も薬嫌いな私がとっくに処分していました。 困った、、、 こんな時頼りになるのがご近所さん、とばかりに何人かに良い退治方法はないかきいてみました。 台所用洗剤が効くと言われるも駄目、灯油なら一発だと教わるも不発。 そんなこんなしていると数日後に大変な事態に。 蛆の大群(数十匹)が便所の底からはい上がってくるではありませんか。 とっさに思い付いた放水攻撃で打ち落とすも、しばらく経つとまたぞろ登ってきます。 お前らゾンビか、と怒っても意味なし。 水かけでは時間は稼げても根本的な解決にはなりませんでした。 必死に考え抜いて思い付いたのが熱湯かけ。 で、いとも簡単に殲滅完了。 過度な依存心はいけませんなぁ、自主性自主性。 その地を離れるに際して、最後に便槽を空にしておかなければと引越直前に最後の汲み取りをお願いしました。 作業が終わりいつものお兄さんの帰り際に私は笑顔で、 「長いことお世話んなりました。」 と挨拶しました。 すると見る見るうちにお兄さんの目が赤くなり涙があふれそうに。 こちらがもらい泣きしそうになるほどの激変でした。 「元気でな。」 と一言したお兄さんは足早に走り去りました。 別に苦楽を共にしたわけでもないのに、情の深い人だなと感心しました。 あのお兄さんとはもう二度と会うことはないでしょう。 しかし、涙目お別れした場面は、死ぬまで、とは言えませんが、農村暮らしで知った「情」の象徴としていつまでも私の心に残るでしょう。 追記(2019.10.19) 数年前に上記エピソードを地元出身の知人女性に話しました。 お兄さんが情の深い人だったことは否定されなかったものの、涙目になったのにはもう一つの理由があるのではないか、と言うのです。 私が汲み取り屋さんと対等に接していたから、だとのこと。 私の話しっぷりから察したようでした。 地元の人たちは、いわゆる上から目線で見下すことが多いそうです。 土地の人とは異なる態度で接したことから、より親近感をもってもらえたのかもしれません。 私が東京に居た幼少の頃に母が、クズ屋さん、とさん付けで呼んでいましたっけ。 知人が、男尊女卑な環境のもとで差別される側の女性だったからこそ気づいた視点でしょう。 私自身は自覚していませんでしたが、言われてみれば納得できる指摘でした。 |
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