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砂漠化と子供たち

No.121(2024.10.04)


私が育った大都会東京から田舎へ移住して36年が経ちました。テレビのニュースなどで東京都心の空撮映像を見るにつけ、もはや私が暮らしていた時の面影はまったくないと感じます。
「東京砂漠」という歌がありましたがコンクリートジャングル化しているのが一目瞭然です。

経済効率から都心の地価高騰による建物の高層化は必然なのでしょう。再開発という使い勝手のよい掛け声とともに砂漠化の推進はとどまることがありません。

少々毒気を吐かせてもらえるならば、東京都心は発狂している、と言いたいくらいです。

仕事で空港の滑走路に長時間立つという経験をしました。全面舗装された滑走路は疑似砂漠といってもいいと思います。暑さや寒さが著しく増強される尋常ではない極限下の体感に驚かされました。
極端な寒暖が日常化している異常気象下において、砂漠化が進んだ都市では過酷さがひときわ増大するのではないかと推察します。

砂漠の民は、夫婦と子供が砂漠に取り残されて一人だけしか生き残れないとなった際に、夫が生き残る選択をすると聞いたことがあります。
その冷徹さに恐ろしささえ感じた平和ボケした私です。が、子供に託したところで砂漠にあってはすぐさま死に至るからだ、との解説に納得しました。命をつなぐための優先順位です。
砂漠はけっして「弱者にやさしい」環境ではないのです。

屋上緑化などという欺瞞に惑わされない若い世代の中には、子育てのために比較的自然が残っている地方に移住する人がいるようです。
田舎においても、産業廃棄物の不法投棄による環境汚染であったり、里山の管理放棄により自然災害時に被害が甚大になったり、と問題がないわけではないものの、より良い選択だと私は思います。

砂漠化した都会で暮らしている子供たちは自覚が難しいストレスによって悪影響を受けているのではないか、と考えてしまいます。


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